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岡山地方裁判所 昭和35年(行)3号 判決 1962年5月23日

原告 梶谷忠二

被告 岡山県知事 岡山県社会保険審査官

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は「一被告岡山県知事が、昭和三一年七月一七日なした、原告が健康保険法及び厚生年金保険法により夫々の被保険者資格を昭和二九年五月一日取得したことを確認する旨の処分は無効であることを確認する。然らずとするも之を取消す。二被告岡山県社会保険審査官が昭和三一年一〇月一八日なした、原告の第一項記載の処分に対する審査の請求は立たないものとする旨の決定は無効であることを確認する。然らずとするも之を取消す。三訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、次のように述べた。

一  被告岡山県知事は、原告が昭和二九年五月一日以前から、常時五人以上の従業員を使用する岡山パン製造株式会社に使用せられる者であると認め、原告に対し昭和三一年七月一七日付を以て、原告が健康保険法及び厚生年金保険法による被保険者資格を昭和二九年五月一日取得したことを確認する旨の処分をなした。原告はこれを不服として昭和三一年九月五日付で被告岡山県社会保険審査官に対し審査の請求をなしたところ、同審査官は昭和三一年一〇月一八日付で請求人の申立は立たないものとする旨の決定をした。これに対し原告は、同年一二月二〇日社会保険審査会に対し再調査の請求をしたが、同会は昭和三四年八月三一日棄却の裁決をし、原告は同年九月二一日その旨の通知を受けた。

二  然しながら、被告等のなした右各処分は次の理由により違法であり、無効乃至取消さるべきものである。

(1)  原告は、右各法律に所謂事業所に「使用せられる者」ではないから、被保険者資格を有しない。即ち原告は岡山パン製造株式会社の代表取締役社長であつて事業所を代表する者であり、むしろ健康保険法第七七条、厚生年金保険法第八二条に所謂事業主に該当する者と謂うべきである。蓋し、右各法律は労働者乃至被用者を対象とする社会保険に関するものであるから、労使関係に於ける労使の社会的対抗関係の稀薄な法域ではあるが、健康保険法第一三条には被保険者として「左ノ各号ノ一ニ該当スル事業所ニ使用セラルル者」と、該当事業所として「一、左ニ掲グル事業ノ事業所ニシテ常時五人以上ノ従業員ヲ使用スルモノ(中略)二、国又ハ法人ノ事務所ニシテ常時五人以上ノ従業員ヲ使用スルモノ」と各定めているから(同旨厚生年金保険法第六条、第九条)、文理上ここに「事業所ニ使用セラルル者」とは物の製造等を目的として五人以上の従業員を使用している事業所の従業員を意味するものであることは明らかであり、又厚生年金保険の被保険者資格を有する者は何れも報酬を得ていることを前提としており(同法第八〇条乃至第八七条参照)、同法所定の報酬とは「賃金、給料、俸給、手当、賞与その他いかなる名称であるかを問わず、労働者が労働の対償として受けるすべてのもの」をいうのであるから(同法第三条第一項第五号)、労働基準法上の賃金の概念とほぼ同一であり、厚生年金保険法第九条の「適用事業所に使用される者」とは労働の対償を受ける労働者を意味するものと解するのほかはなく、右各法律に所謂「使用せられる者」というのは使用人等のことで、対立する概念である法人の代表者(健康保険法第九一条、厚生年金保険法第一〇四条参照)を含ましめることはできない。これは原告の如く右各法律による被保険者資格なき者の加入を目的とする国民健康保険法が制定されたことから推しても、容易に首肯されよう。更に右各法律、特に健康保険法と労働者災害補償保険法との関係よりみても明らかである。即ち歴史的には健康保険法が、事故が業務上のものであるか業務外のものであるかを問わず、広く疾病保険として、死傷病に対する保険給付を行つてきたところ、労働者災害補償保険法の制定により、業務上の災害による場合のみを保険事故から引抜いて、同法の救済の対象としたという関係にある。そして労働者災害補償保険法に基く保険給付と労働基準法に基く災害補償とは性格を同じくし、労働者災害補償保険の対象たる給付の範囲に於いて労働基準法上の補償責任は免除され、又かような関係からみて、労働基準法上の「労働者」と労働者災害補償保険法に所謂「補償を受くべき労働者」とは同一の概念であるものと解され、これらと健康保険法の「事業所ニ使用セラルル者」も又同一の意味、内容を有するものと解されるのである。又労働基準法第九条に定める労働者には、法人その他の団体の代表者を含まないことは勿論であるが、労働者災害補償保険法に所謂「補償を受くべき労働者」の中にも法人の代表者は含まれない。行政庁の解釈例規もこのことを明らかにしている。してみると、健康保険法、厚生年金保険法に所謂「事業所に使用せられる者」の中にも法人の代表者を含まないことは当然である。

(2)  又原告は被告岡山県知事の確認した事業所たる「岡山パン製造株式会社」に使用せられる者とは謂えない。即ち原告は昭和二九年五月一日以前から岡山パン製造株式会社の代表取締役社長であつたが、同時に梶谷食品株式会社、株式会社岡山木村屋等の代表取締役を兼ね、他面岡山商工会議所常議員、岡山県経営者協会副会長、岡山県パン協同組合理事長、全日本パン協同組合連合会副会長、全国ビスケツト協会理事等の団体役員に就任しており、必ずしも岡山パン製造株式会社に対して経常的に労務を提供していたとは謂えず、むしろ梶谷食品株式会社に対して経常的に労務を提供し、これより経常的に報酬を得ていたのである。

従つて岡山パン製造株式会社に使用せられる者として被保険者資格を確認したことは違法である。

(3)  被保険者資格取得の時期を過去にさかのぼつて確認することは違法である。蓋し、健康保険法及び厚生年金保険法は保険技術と結付くことにより合理的な危険の分散を行い、又公的扶助を組織化することにより、系統的、組織的に生活困窮者の救助を図ることを目的とする社会保険制度の一環をなすものであるが、保険制度に結び付いて、資本主義経済自体の中で機能するものである限り、私保険の持つ合理性と或る程度の等価交換性(保険料と保険給付)とを排除することはできないものである。従つて、被告岡山県知事が昭和三一年七月一七日に、原告が昭和二九年五月一日より被保険者資格を取得した旨を確認したのは、既に保険事故発生の有無が確定している期間をも保険期間とするものであつて許されないところである(商法第六四二条参照)。

更に、かかる期間内に何等保険事故が発生していないとすると、被保険者資格を確認された者は保険料支払の義務のみを有することになつて、恰も税金を賦課される場合と同一の結果となり、その不当なることは明らかである。これは健康保険法第七九条の二、厚生年金保険法第八五条の各保険料の繰上徴収に関する規定等の如き明文を欠く点からも首肯されよう。

三  よつて、被告等の前記各行政処分の無効確認乃至取消を求めるため、本訴請求に及んだ。

第二、被告等指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁及び主張として、次のように述べた。

一  原告主張の請求原因第一項の事実は認める。

二  同第二項(1)(2)中原告が岡山パン製造株式会社の代表取締役社長であることは認めるが、原告が同会社に経常的に労務を提供していなかつたとの点及び法人の代表者が健康保険法、厚生年金保険法に所謂「使用される者」に該当しないとの法律見解を争う。法人の代表者又は業務執行者を健康保険法及び厚生年金保険法による被保険者とする取扱いは、昭和二四年七月二八日付保発第七四号による厚生省保険局長から各都道府県知事及び健康保険組合理事長宛の通達に基くものであるが、この通達が発せられたのは、主として次に述べるような実際上の理由によるものである。

(1)  わが国には、殊に多数の中小企業が存在するが、これらの企業における事業主は、経済的実態をみても、又労働状況等をみても、所謂勤労者と殆どけい庭がない。然るに従来これらの事業主は健康保険、厚生年金保険の被保険者としての取扱いを受けていなかつたので、これらの保険制度の適用を強く要望した。

(2)  事業会社の労働組合の専従職員に対しては、会社からの給与の支払が禁止されているため、組合の職員となつた者は会社との雇用関係が存続していても、会社との関係では健康保険法、厚生年金保険法の適用から除外され、殊に労働組合の代表者は、これらの法律の関係では、事業主として取扱われ、これらの健康保険制度の恩恵を受ける途が杜絶していたため、これらの者も健康保険法、厚生年金保険法の適用を強く要望した。

(3)  国民健康保険は、当時大都市では、実施されていなかつたため、医療保障を広範囲の者に及ぼす上において、健康保険法を中心に可能な限り同法の適用範囲を拡げる必要があつた。

ところで右通達のとる見解は以下の理由から法解釈としても妥当である。即ち健康保険法第一三条及び厚生年金保険法第九条は、一定の事業所に使用される者を被保険者としているが、ここに「使用される」とは事業者に対して労務の提供を行い、その対価として報酬を受ける関係にある場合をいうのであつて、被用者と事業所との法律関係が雇用関係であると委任的関係であるとを問わないものというべきである。これを事業の主体が法人である場合についていえば、その法人と雇用契約を締結の上労務を提供している者が事業所に使用される者であることはもとより、法人の代表者といえども、法人に対し経常的に労務を提供しその対価として、その法人から経常的に報酬の支払を受けているような場合には、同様、事業所に使用される者に当るものと解すべきである。法人の代表者を法人に使用される者とみるべきかどうかは、その点が問題となる個々の法律、例えば、健康保険法、厚生年金保険法、労働者災害補償保険法、失業保険法等の立法の趣旨、目的から合理的な解釈を導くことが必要である。ところで所謂労働法の分野においては、労働法が従属的労働関係にあるものを保護する立場から制定されていることに鑑み、少くとも法人の代表者は所謂労働者ではないと解すべきであろう。しかし法人の代表者といえども法人に対し忠実義務を負い、善良なる管理者の注意をもつて事務を処理すべき立場にあり、株主総会或いは取締役会からの規制を受けて業務の執行を行う所謂営業管理者であつて、商人としての法人の補助者である点、商業使用人と同様であるし、殊に健康保険法、厚生年金保険法が広く労働に従事している者に対する医療保障を行う趣旨、目的の下に制定されたものであることに鑑みれば、これらの法律の解釈としては、法人の代表者でも法人の業務のために経常的に労務を提供し、それによつてその法人から相応の報酬を受けている場合には法人に使用される関係に立つているものと解すべきである。

ところで、原告は昭和二九年五月一日以前から岡山パン製造株式会社の代表取締役に就任しており、毎日同会社に出勤して事業に関する重大な事項の決定、従業員の指揮、監督等を行つており、これに対し同会社から役員報酬名義で毎月約五万円乃至六万円の支払を受けているものであるから、健康保険法第一三条、厚生年金保険法第九条に所謂事業所たる同会社に「使用される者」に該当する。

三  同第二項(3)の法律見解は争う。健康保険法、厚生年金保険法による被保険者資格は同法に定めた一定の事由の発生したとき(適用事業所に使用されるに至つたとき)に当然に取得されるものであり、適用事業所の従業員は使用されるに至つた日から当然に被保険者資格を取得し、保険者(本件の場合は政府)との間に保険関係が成立するのである(健康保険法第一七条、厚生年金保険法第一三条)。しかし右の被保険者資格は、保険者の確認があるまでは抽象的なものであるに止り、確認処分によつて初めて、保険料の徴収、保険給付の支給等の具体的法律効果が効力を発生するのである。健康保険法第二一条ノ二第一項、厚生年金保険法第一八条第一項に、いずれも「確認によつてその効力を生ずる」と規定しているのは、右の抽象的保険関係が確認処分によつて具体的法律関係を帯びることを意味したものであるに外ならない。このように健康保険法及び厚生年金保険法にいう確認処分は、その保険に関し、法的にその存否、正否を確定する行為であり、且つ既存の事実又は法律関係の判断の表示である。もつともこのような確認により、潜在的乃至抽象的保険関係が具体的な保険関係に転化することにより、一種の形式的効果をもつことは否定できないが、それは法の与える効果であつて確認処分そのものの効果ではない。保険関係の成立は、前記のように法定事由に該当することにより当然生ずるのであるが、この当然成立する関係について確認の制度を設けたのは、次の理由による。即ち保険給付の請求、保険料の徴収等に関し紛争が生じた場合に、事業主の届出と事実が相違するときには、その裁定に正確を期し難い場合が起こるおそれなしとしないので、適正な裁定を行い、被保険者の保護と保険給付の正確を期する目的のために、公の権威による確認処分により保険関係の得喪について法的な確定力を附与することとし、もし紛争が生じたときには、この確認による事実を基礎としてこれを解決すべきものとしたわけである。従つてこのような確認処分は、保険関係が何時どのように成立したかを確定せしめるものである以上、その法律効果の発生時期は、右により確定した時点において定むべきであり、確認処分を行つた日によるものではない。蓋し確認処分は保険関係の存否を確定するものであつて、保険関係を形成するものではないからである。原告は「被告岡山県知事が昭和三一年七月一七日に、原告が昭和二九年五月一日より被保険者資格を取得した旨を確認したのは、既に保険事故が発生したかどうか確定している期間をも保険期間とするものであつて許されないところである。更にかかる期間内に何等保険事故が発生していないとすると、被保険者資格を確認された者は、保険料支払の義務のみを有することになつて、恰も税金を賦課される場合と同一の結果となり、その不当なることは明らかである」と主張するが、健康保険及び厚生年金保険等の所謂社会保険は、商法の規定による生命保険、損害保険のように各人の意思に基く自由な契約により保険関係が成立するものとは異なり、前記のように、法定の事由(適用事業所に使用せられるに至つたとき等)により当然に保険関係が成立する。そして保険関係は確認処分により確認せられた日以降具体的な保険関係として、保険給付の支給、保険料の徴収等の義務が生じ、具体的保険関係成立後は、確認処分の行われた日以前であつても確認せられた日(本件では昭和二九年五月一日)以降に被保険者について保険事故が生じていれば、保険給付がなされるのである。従つて被保険者が義務のみ負担し権利を享受し得ないとする非難及び保険事故発生の有無が判明した後に保険を設定することになるとの非難は失当である。

以上要するに原告の主張は確認をもつて形成的処分と解したことの誤解から生じたものというべく、到底左袒できない。

四  ところで、岡山パン製造株式会社は常時五人以上の従業員を使用し、物の製造事業の事業所であるから、健康保険法第一三条及び厚生年金保険法第六条第一項により、健康保険及び厚生年金保険については強制適用を受ける事業所であり、原告は同会社に昭和二九年五月一日以前より報酬を得て経常的に労務を提供しているのであるから、被告岡山県知事が昭和二九年五月一日に原告が被保険者資格を取得したことを昭和三一年七月一七日に確認したことは、何等違法でない。

(証拠省略)

理由

一  被告岡山県知事が原告に対し昭和三一年七月一七日付を以て、原告が健康保険法及び厚生年金保険法による被保険者資格を昭和二九年五月一日取得したことを確認する旨の処分をなし、原告はこれを不服として昭和三一年九月五日付で被告岡山県社会保険審査官に対し審査の請求をなしたところ、同審査官は昭和三一年一〇月一八日付で請求人の申立は立たないものとする旨の決定をし、これに対し原告は同年一二月二〇日社会保険審査会に対し再調査の請求をしたが、同会は昭和三四年八月三一日棄却の裁決をし、原告は同年九月二一日その旨の通知を受けたことは、当事者間に争いがない。

二  よつて本件各処分に原告主張の瑕疵があるかどうかを検討する。

(一)  原告は、右各法律に所謂事業所に「使用される者」の中には、原告の如き株式会社の代表取締役を含まない、と主張する。

惟うに株式会社の代表取締役が右「事業所に使用される者」に含まれるかどうかは、その株式会社法、労働法更には経営学等における地位、性格に一まず拘りなく、右各法律の趣旨、目的に照して決せらるべきものである。

而して健康保険法及び厚生年金保険法は、被保険者及びその被扶養者の業務外の事由による疾病、負傷もしくは死亡又は分娩に関して保険給付をなし、或いは労働者の老齢、廃疾、死亡又は脱退について保険給付を行い、以てこれらの者の生活の安定を図り、社会福祉に寄与することを目的として制定されたものであると解せられ、

一方代表取締役は会社の機関として対外的に株式会社を代表し対内的に業務の執行を担当し会社より一定額の報酬の支払を受けるものであるが、その会社に対する関係において会社に対し継続的に労務を提供しこれに対して報酬の支払を受けるという面のあることは否定し難いからこれを所謂事業所に「使用される者」の内に包含されるものと解することは、文理解釈上も可能な範囲であり、しかもかく解することによつてこれらを右保険の被保険者とすることは、むしろ実質上前示各法律の立法の趣旨、目的に合致こそすれ、これを以て違法と断ずべき根拠はないものと解せられる。特に我が国において事業の大多数を占める所謂中小企業においては、事業主たる地位にある者についても、その経済的実態又はその労働状況は一般の労働者と大差ない状態にある者が大多数存在することは顕著な事実に属するから、右事実に思いを致すと、一層強い理由を以てこれらの者をも健康保険、厚生年金保険の被保険者として取扱い、右保険制度による救済を与えるのが相当である。

原告は右と異なる見解をいろいろ主張しているが、このうち代表取締役が健康保険法第七七条、厚生年金保険法第八二条に所謂事業主に該当するとの主張は、法人の場合には法人自体が事業主であるとも解し得るし、又同一人が一面において被保険者として、他面において事業主として、夫々保険料支払の義務を負担すると解することも別に差支えないし、健康保険法第九一条、厚生年金保険法第一〇四条に、法人の代表者とその他の者とを別に掲記してあるからとて、所謂「使用される者」の中に法人の代表者を含めることと矛盾するものでもない。更に国民健康保険法は、健康保険法が事業所(事務所)を中心とする所謂職域保険であり、且つ被用者保険としての性質を持つものであつたため、農山漁村を中心とする農漁村民乃至中小商工業の自営業者等を対象とする地域保険として登場したものであるから、これに関する原告の主張も独断である。更に労働基準法上の災害補償制度は、労働者が業務上負傷し又は疾病にかかり或いは死亡した場合、使用者にその労働者の療養を命じ、或いはその労働者又は遺族に一定金額を支給する義務を負わせる制度であり、労働者災害補償保険は、保険という方法により個別資本の負担する災害の危険を各企業の上に合理的に分散させることにより使用者の右災害補償義務を代行させようとする制度であるに対し、健康保険法、厚生年金保険法は、前記のように専ら業務外の死傷病と分娩について保険給付を行い、又は業務上、業務外の区別なくひろく労働者の老齢、廃疾、死亡、脱退の場合に保険給付を行うことを目的とするものであつて補償の対象乃至範囲を異にするものであるから、この点に関する原告の主張も採用できない。

以上のように、原告の主張はいずれも当裁判所の判断を左右するに足りない。

(二)  そこでこれを本件についてみるのに、原告が昭和二九年五月一日以前から岡山パン製造株式会社の代表取締役社長であることは当事者間に争いがなく、証人藤田彰の証言により成立を認められる甲第一一、一二号証に、右証人及び証人横田朝生、同粟井一郎の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は毎日同会社に出勤して、会社代表者として人事の配置、任免や事業の運営等重要な事項の決定を行つており、これに対し同会社から月五万円乃至七万円の報酬の支払を受けていたこと、原告が同会社以外から報酬の支払を受けていたのは梶谷食品株式会社(前身は梶谷ビスケツト株式会社)であつて、原告はむしろ同会社の経営に主力を注ぎ、同会社にも毎日出勤して月三万円の報酬の支払を受けていたことが認められるが、右認定の事情の下では、原告主張のように原告が同時に他の会社の代表取締役を兼ね、岡山商工会議所常議員等の団体役員に就任していたとしても、被告岡山県知事において、原告が「岡山パン製造株式会社」に「使用される者」に該当すると認定したのは相当である。

(三)  原告は、被保険者資格取得の時期を過去にさかのぼつて確認することは、既に保険事故発生の有無が確定している期間をも保険期間とするものであり、又かかる期間内に何等保険事故が発生していないとすると、被保険者資格を確認された者は保険料支払の義務のみを有することになり不当であるから、違法であると主張する。

然しながら、健康保険法及び厚生年金保険法は、夫々法所定の事業所(健康保険法第一三条、厚生年金保険法第六条)に使用される者は、その業務に使用されるに至つた日にその被保険者の資格を取得することとし(健康保険法第一七条、厚生年金保険法第一三条第一項)、事業主に対して被保険者資格取得の日より五日以内にその旨を保険者に届出るべきことを義務付け(健康保険法第八条、同施行規則第一〇条第一項、厚生年金保険法第二七条、同施行規則第一五条第一項)、右届出を怠つた事業主に対しては刑事上の処罰を科することとし(健康保険法第八七条第一号、厚生年金保険法第一〇二条第一号)、保険料その他法所定の徴収金の滞納に対し、延滞金の加算、滞納処分又は刑事上の制裁等による強制徴収の手段を認めているので(健康保険法第一一条、同条ノ二、第八七条第四号、厚生年金保険法第八六条、第八七条、第一〇二条第三号)、右各規定に前記各法律の目的をあわせ考えると、健康保険及び厚生年金保険は、商法の規定による生命保険、損害保険のように各人の意思に基く自由な契約により保険関係が成立するのとは異なり、前記のように、法所定の事業所に使用される者は当事者の意思如何に拘わらずその業務に使用されるに至つた日に当然に当該保険の被保険者となるとしている所謂強制加入保険であると解され、従つて確認処分は単にこれを確認するものであるから、過去にさかのぼるのは必然的なものというべきである。

そして健康保険法第二一条ノ二及び厚生年金保険法第一八条は、被保険者の資格の取得は保険者の確認によりその効力を生ずる旨規定しているから、ここに具体的な保険関係として保険給付の支給或いは保険料の徴収等の義務が発生し、具体的保険関係成立後はその以前であつても、資格を取得した日と確認された日以降に、被保険者について保険事故が生じていれば、保険給付がなされるのである。即ち健康保険についてみれば、同保険の保険給付は原則として療養の給付であるが、確認処分がなされていないため未だ具体的保険関係が成立していないような場合には、その効果としての療養の給付は受けられないが、確認処分後は健康保険法第四四条により療養の給付をなすことが困難な場合として、既に被保険者が当該保険事故に対して支出した費用について、療養の給付に代えて療養費が支給されることにより保険給付を受け得るのであり(被扶養者については健康保険法第五九条ノ二第七項により同法第四四条が準用される。)厚生年金保険についてみれば、厚生年金保険法所定の保険給付は老齢年金、障害年金及び障害手当金、遺族年金、脱退手当金であつて、いずれも現金給付であり、被保険者資格取得後確認処分を行つた日までに生じた保険事故に対して支給され、且つ右期間も年金額算定の際に参酌されることになるのである。

従つて原告主張の保険事故発生の有無が確定している期間をも保険期間とする旨及び被保険者が保険料支払の義務のみを負担することとなるとの非難は理由がない。

三  以上の次第で被告らの本件行政処分については原告主張のような瑕疵があるものとは認められない。

四  ところで、岡山パン製造株式会社が常時五人以上の従業員を使用し物の製造事業の事業所であることは原告の明らかに争わないところであるから自白したものとみなし、これに前認定二(二)の事実をあわせ考えるとき、被告知事のなした本件確認処分は所定の法律要件を具備したものと認められる。

五  以上の次第で原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 辻川利正 川上泉 安達敬)

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